Masuk宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店主が声を掛けて来た。
「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」
店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に、顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。
「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」
「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」
「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」
「ふむ、客の事情には深入りせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」
「話が早くて助かるよ」
店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。
「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」
鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。
「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」
「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」
「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」
「わかった、それで十分だよ。ありがとう」
カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。
「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」
「おう、気を付けて行ってきな」
愛想の良い店主に見送られて二人は店を出た。そろそろ集合時間になる。カリナはマップを見て街の広場の場所を確認すると、ヤコフの手を引いて歩き始めた。
◆◆◆ 街の中心部にある広場は多くの人で賑わっていた。屋台などの出店も出ており、ここがこの街の憩いの広場なのだとわかる。中心部に見えた大きな時計塔の真下にはベンチがあったので、ヤコフとそこに腰掛ける。まだエリア達は到着していないようなので、カリナは自分とヤコフの分のいちごオレを取り出して渡してやり、自分のストローに口を付けた。約束の10時を回ったが、エリア達がまだ来ない。カリナは時間はきっちり守るタイプだったので、少々イライラした。そこに人混みの集団が遠くから近づいて来る。誰か有名人でもいるのだろうかと思って、その集団に目を凝らす。
そこには人々に声を掛けられながら此方に向かって来るシルバーウイングの面々がいることに気付いた。どうやら野次馬が多くて余り速く進めなかったのであろう。周囲から彼らに挨拶や声かけなどがされているようである。
「頑張れよ、シルバーウイング!」
「エリア、今日は何処へ行くんだい?」
「ロック、あんまり調子に乗んなよー」
「今日も厳ついな、アベル」
「セレナちゃん今日も可愛いぞ」
耳を澄ますとそのような他愛もない言葉が交わされている。これがAランクギルドの人気というものなのだろうか。カリナはあんな風に人気者になって騒がれるくらいなら、目立たずBランクの冒険者のままでいいと思うのだった。
人混みを掻き分けて、エリア達が時計台の下にあるベンチに腰掛けたカリナとヤコフを発見し、二人の下に走り寄って来た。やっと来たかという感じで、カリナがエリアを見る。
「ごめんね、そこで人混みに捕まっちゃって……。本当に遅れてごめん」
エリアが謝罪をしたが、カリナの機嫌は悪い。
「遅いぞ。私は時間が守れない人間が一番嫌いなんだ」
「本当にごめんなさい。あんなにも人が集まるとは思わなくて……」
予想外に人が集まり過ぎたのだろうか。それなら仕方がないと諦めて、カリナは水に流すことにした。
「まあいい。次があったら気を付けてくれ。それにしても野次馬が集まるとは、Aランクの冒険者というのは人気者なのだな」
「へへ、まあな。ウチのギルドはこの街じゃ結構人気なんだぜ」
ロックが軽口を叩く。それは別に構わないのだが、カリナには野次馬の視線が自分達にも注がれているのが居心地が悪い。
「散らせられないのか? 此方まで値踏みされているみたいで余りいい気分じゃないな。それにヤコフまでジロジロと見られるのは可哀想だろう?」
不機嫌そうにそう言ったカリナの言葉を耳にして、アベルが野次馬に大声で話しかける。
「済まないが、これから大事な話し合いもある。みんな戻ってくれないか?!」
その言葉を聞いて、野次馬達はぽつぽつと退散していった。ようやく静かになったか、とカリナは安堵した。そうやって気を抜いた瞬間にセレナが急にカリナに抱き着いて来た。
「はぁ……今日もとても可愛い! この衣装もフリフリで凄く可愛いわ! ああー、もう食べちゃいたい!」
カリナと衣装の匂いをくんくんと嗅ぎながら、頬を擦り合わせて来るセリナ。そのあまりの距離の近さに、カリナは逃げようと体をよじる。
「何なんだ、お前は? ええい、離れてくれ!」
それでもがっちりと抱き着いてカリナを解放しないセレナを、エリアが後ろから羽交い絞めにした。
「はぁはぁ、何なんだこいつは……」
可愛いなどといわれることはあっても、ここまでの行動をして来る輩はいなかった。さすがに度が過ぎている。
「いい加減に謝りなさい!」
エリアが興奮するセレナの脳天にチョップを喰らわせると、セリナは「ふぎゃ」と言って大人しくなった。
「ごめんなさい……。昨日からずっと可愛くて仕方ないと思っていたんだけど、今日改めて会ってみるとその可憐さについ我慢が……」
ここまで変態的に絡まれると、さすがに気味が悪い。カリナは次に絡まれたら、相手が女性とはいっても手が出るかもしれないとまで思った。そうならないためにも釘を刺しておく。
「セレナ、お前は私の側に寄らないでくれ。さすがに気味が悪い。次に同じことをしてきたら、私でも手が出るかもしれないぞ」
「はい、我慢します。だから嫌わないで、カリナちゃん!」
「いや、別に嫌うとかの話じゃない。シンプルに気持ち悪いから止めてくれと言ってるんだ」
「嫌われてないのなら良かった!」
会話が成立しない。この手の手合いは初めてである。カリナは今後もこの女性にだけは隙を見せないように気を付けないといけないと思った。
「ま、まあ、とにかく揃ったことだし、そろそろ出発しましょう。片道一時間程度の道のりだけど、ぐずぐずしてたら日が暮れてしまうわ」
エリアのその一言で、一行はようやく出発となった。カリナは出発前に既に精神的疲労を感じていた。飲み干したいちごオレの容器を広場のゴミ箱に捨てる。
「死者の迷宮はこの街から南に行ったところにある。前衛は俺が務めるから、みんなは後ろからついて来てくれ」
街の南門から外に出て、両脇に木々が立ち並んだ道を進む。カリナはエリアの帯同している剣が淡い光を放っていることに気付いた。
「それは光の属性剣か? 良い装備を持っているな」
「ああ、これね。アンデッドが多いダンジョンだし、ウチの団長から借りて来たのよ。光属性は奴らの弱点だしね」
鞘をぱしぱしと叩いて、剣の自慢をするエリア。属性武器はその属性の精霊の祝福を受けている。そしてそれは魔法をある程度のレベルまで鍛えた者にしか目視できない。それを一目で見破ったカリナは一体何者なのだろうかと、セレナは思った。
「へぇ、ヤコフに防具を準備してやったのか。優しいんだな、カリナちゃん」
ロックがヤコフの身に付けている装備を見てそう言った。
「一応万が一に備えてな。私が守ると言った以上絶対に守るが、何が起きるかはわからない。だから最低限の防具は必要だと思ったんだよ」
ヤコフはそんなことを言われながら、自分が身に付けている皮の鎧を手で触った。
「だが、心配するな。万が一など起きないように気を配る。だからヤコフは心配しなくてもいいからな」
「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん」
そう言ってヤコフは笑顔になった。気にかけてくれる者達がいることが、今のこの少年には心強いのだろう。
「あ、昨晩はどうだったの? 二人共あの宿でよく眠れた?」
セレナがにやにやしながら昨夜のことを聞いて来た。
「ああ、そうだった。宿代も先に払っておいてくれたんだな。ありがとうエリア」
「いえいえ、お安い御用よ」
何のことはないという風に返すエリアには好感が持てる。
「昨日はそうだな、ヤコフが泣いて寂しそうだったので一緒に寝たよ。少しは安心してくれたみたいで、よく眠っていた。私もよく眠れたよ」
それを聞いて、セレナの目の色が変わる。
「なななな、一緒に寝たの?! なんて羨ま、いやけしからん展開なの! くぅ、私も同じ宿に泊まれば良かった!」
「いい加減に落ち着きなさい!」
エリアのげんこつがセレナの頭にヒットする。セレナは「ふぎゃっ」と言って大人しくなった。
「別にそんなにおかしなことじゃないだろう? 子供が泣いていたから一緒に寝ただけだ。騒ぐようなことじゃない」
「カリナちゃんはまるで大人の様な発言をするのね。口調もだけど、何だか男前だわ」
セリナの一言に、カリナは「そりゃ内面は大人なのだから当然なんだけどな」と思ったが、口には出さなかった。
暫く道なりに進んで行くと、前方に人影の様なものが見えた。それが此方へゆっくりと進んで来る。カリナの探知スキルはそれが魔物だという反応を示した。どうやら敵のお出ましである。
「出たな。ここいらじゃ頻繁に目にする魔物、ゾンビだ。この程度は俺達に任せてもらおう」
アベルがそう言うと、シルバーウイングの面々は前方へと駆け出した。ここはお手並み拝見といくかと思ったカリナは、ホーリーナイトを召喚し、ヤコフの護衛に回した。
「おりゃああああ!!!」
先に突っ込んだアベルの巨大なバトルアクスが風を切り、前方のゾンビを頭から真っ二つにする。その豪快な一撃は重戦士の名に恥じない。続いて飛び出したエリアの光の属性剣が閃き、ゾンビの腕を切り落とす。そしてロックが目にも止まらぬ速さで懐に入り込み、二刀のナイフで急所を貫く。とどめとばかりに、セリナが詠唱を完了させる。
「燃え上がれ、紅蓮の炎よ! ファイアボール!」
放たれた火球がゾンビ共に直撃し、紅蓮の炎が彼らを包み込む。魔物達は断末魔を上げる間もなく灰になって消滅した。
「おお、さすがはAランクのギルドだけはある。見事な連携だな」
「うん、すごいなぁ……」
カリナは感心し、ヤコフは間近で見る高ランク冒険者の戦いに目を奪われていた。
「まぁ、こんなもんかな? お、魔法石発見。貰っておくか」
ロックが灰になったゾンビの中から紫色に光る欠片を取り出した。魔物を倒すと偶に手に入る魔法石である。この世界では貴重なエネルギー資源となっている代物だ。例えばランプに灯りを灯したりするのに使用される。エデン王国ではカシューがもっと大きな機構を動かすための動力源として研究している。冒険者の仕事がなくならないのは、この魔法石が人々の生活に欠かせない物として取引きされているからでもある。
「見事だな。この調子なら私の出番はないかもしれない」
敵を殲滅して戻って来たエリア達にカリナはそう言った。
「まあ、街道周辺に出るゾンビはまだ雑魚だからね。死者の迷宮に入ればもっと危険なグールやスケルトンなんかが出て来るから、油断は禁物ね」
エリア達シルバーウイングの面々と話しながら道を進むと、そこに神殿の様な造りをした荘厳な建物が姿を現した。この建物の中がダンジョンに通じている。死者の迷宮がその大きな口を開けて一行を待ち受けていた。
「さて、ここからが本番だな」
カリナは左拳を右掌に打ち付けると、両頬をパンパンと叩いて気合を入れた。
小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込んでくる。カリナは微睡みの中で、包み込まれるような温かさを感じて目を覚ました。「ん……」 目を開けると、すぐ目の前にカグラの穏やかな寝顔があった。昨晩、不安に押しつぶされそうになっていた自分を抱きしめ、一晩中こうして温め続けてくれたのだ。その母性にも似た深い愛情に、カリナの胸が熱くなる。「……ありがとう、カグラ」 カリナはそっと体を起こすと、カグラの肩を優しく揺すった。「おはよう、カグラ。朝だぞ」「んん……。あら、おはようカリナちゃん」 カグラはゆっくりと目を開け、ふわりと微笑んだ。茶色のミディアムヘアが枕に広がり、朝日を浴びて輝いている。「今日も可愛いわね。……気分はどう?」「ああ。御陰で切り替えられたよ。ありがとう」 カリナが素直に礼を言うと、カグラは嬉しそうに目を細めた。二人はベッドから起き上がり、身支度を整える。 カリナはアイテムボックスから、ルナフレアが出発前に持たせてくれた衣装セットの一つを取り出した。「今日はこれにするか」 広げられたのは、繊細かつ豪華な冒険者風のドレスセットだ。 アウターは、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた、淡い水色のタイトなロングコート。袖は長袖で、手首に向かって優雅に広がるフレアーなデザインになっており、裾や袖口のフリルが可憐さを演出している。 その下に着るのは、淡い紺色を基調としたミニスカートの冒険者風ドレス。高貴な青色のリボンが胸元を飾り、スカートの内側には純白とピンクの生地が重ねられ、動くたびにチラリと覗く可愛らしい仕様だ。 足元は、太ももまでの長さがある白に黒のデザインが入ったロングニーハイソックスを、ガーターベルトで吊るすスタイル。そして、紺色に黄色のデザインが施されたお洒落なブーツを合わせる。 仕上げに、紫の花を模した髪飾りを、特徴的なクセ毛のツインテールにあしらう。「あら、素敵なデザインね。ルナフレアは本当にいい仕事をするわ」 カグラが感心しながら、着替えを手伝ってくれる。背中のリボンを結び、襟元を整える手つきは、本当に姉が妹の世話を焼くようだ。「よし、完璧よ。お姫様騎士って感じね」「ありがとう、カグラ」 一方のカグラも着替えを済ませていた。彼女の衣装は、いつもの白い狩衣に、今日は高貴
アリアの部屋を辞したカリナは、重い足取りでカグラと隊員が待つ貴賓室へと戻ってきた。 扉を開けると、そこには既に豪勢な昼食がテーブルいっぱいに並べられていた。アレキサンド名物の肉料理や、彩り豊かな野菜のテリーヌ、そして数種類の果物。カグラは優雅にフォークを動かし、隊員は口の周りをソースで汚しながら夢中で肉にかぶりついている。「おかえりなさい、カリナちゃん。どうだった?」 カグラがグラスを置き、振り返る。その茶色のミディアムヘアがふわりと揺れ、穏やかな表情の中に鋭い知性が光っていた。「こちらは一応、資料から禁忌の術などの解析が終わったわ。恐ろしい術式ばかりだったけれど……今後はこれが悪用されないように、対策を練らないとね」「ああ、お疲れ様。……悪い、私も少し食べるよ」 カリナは空いている席に座り、まだ温かいローストビーフを皿に取り分けた。一口食べ、その旨味に少しだけ心が安らぐのを感じながら、カリナは静かに口を開いた。「彼女は……間違いなく『女神』だ。この世の理の常識を遥かに超える存在だ」 その言葉に、カグラの手が止まる。「何か分かったの?」「ああ。彼女が探している人物は、私である可能性が高い。だが、この世界ではアバターという仮初めの姿が邪魔をして、魂にある目印がはっきり見えなくて、そこまで確証が持てないらしい」 カリナはナイフを握る手に力を込める。「それに……この世界から次元を斬り裂いて脱出することなど簡単だ、とも言っていた。私達が必死に生きているこの世界の理屈など、彼女にとっては取るに足らないことなんだろうな」「次元を斬り裂く……? まるでSF映画ね」「笑えない話だがな。……それと、彼女はその人探しの合間の暇潰しに、このVAOをプレイしていたPCの一人でもあるそうだ」 カリナが告げると、カグラは目を丸くし、やがてクスクスと笑い出した。「ふふっ、あはは! 神様がネトゲをするなんて、ずいぶんと俗っぽいのね。親近感が湧くような、畏れ多いような……」「全くだな。だが、その力は本物だった」 カリナは表情を引き締める。ここからが、アリアから聞いた最も重要な情報だ。この世界が虚構であり、悪魔以上のとんでもない存在が創った実験場であること。それをカグラに伝えようと、口を開きかけた瞬間――。「――っ……ぐぅっ……!」 ドクン
「いらっしゃい、カリナさん。まあ、立ったままではなんですし、掛けたらどうですか?」 アリアは優雅な仕草で、向かいの席を手で示した。テーブルの上には、既に湯気を立てる二つのティーカップ。最高級の茶葉の香りが、部屋の中に満ちている。まるで、カリナがこのタイミングで訪ねてくることを、最初から知っていたかのような準備の良さだった。 カリナは一瞬躊躇したが、意を決して椅子を引き、アリアと対面する形で腰を下ろした。「いただきます」 勧められるままに紅茶を一口含む。渋みがなく、花のような芳醇な香りが鼻腔を抜ける。それは、毒など入っていない、純粋なもてなしの一杯だった。カップをソーサーに戻し、カリナはその碧眼を細めて、目の前の美女――自分と瓜二つの髪色を持つ、違いはカリナの毛先が金髪くらいの、謎の存在を見据えた。「……単刀直入に聞く。あなたは一体、何者なんだ? なぜ私のことを知っている? そして……先ほど言っていた『女神』というのは、本当なのか?」 矢継ぎ早に繰り出された質問に、アリアはカップを口元で傾け、ふふっと楽しげに笑った。「せっかちですねぇ。でも、答えは先ほど言った通りですよ。――女神です」 またしても、はぐらかすような返答。だが、その言葉には嘘の匂いがしない。それどころか、彼女が纏う空気そのものが、人知を超えた何かであることを雄弁に物語っていた。 カリナは深呼吸をし、ずっと胸の内に秘めていた「確信」をぶつけることにした。「……私は以前、ある場所で『真実』の一端に触れた」「ほう?」「『死者の迷宮』の最深部……そこにあった祭壇の鏡だ。私はそこで、現実世界で死に別れたはずの幼馴染――『彩』と再会した」 カリナの脳裏に、あの時の情景が蘇る。鏡の向こうで微笑んでいた、懐かしくも切ない少女の姿。「彼女の髪は、生前のような赤茶色ではなく、透き通るような銀髪に変わっていた。そして彼女は言ったんだ。『女神様に、別の世界に転生させてもらった』と」 アリアの手が、わずかに止まる。「さらに彼女はこうも言っていた。『その女神様が、今、あなたのことを探している』と。……今の私がいるこの世界では因果が正しく回っていないため、私がトラブルに巻き込まれやすくなっているとも教えてくれた」 カリナは畳み掛けるように言葉を続ける。「それだけじゃない。先日、私の
謁見の間には、レオン王の宣言が重々しく響き渡っていた。 一週間後に開催される剣術大会。それは、人類の脅威に対抗するための精鋭を選抜する重要な儀式でもある。しかし、カリナには一つ、どうしても確認しておかなければならない懸念があった。「陛下。剣術大会ということは……まさかとは思いますが、真剣を使う訳ではないのですよね?」 冒険者ギルドの訓練や一般的な模擬戦では、刃引きをした剣や木剣を使うのが通例だ。Aランクの実力者同士が真剣でぶつかり合えば、手加減をしたとしても事故は避けられない。だが、レオン王は鷲のような鋭い瞳でカリナを見据え、短く答えた。「いや、真剣での立ち合いになる」「なっ……真剣、ですか?」 カリナが眉をひそめると、隣に控えていたカグラも扇子で口元を覆い、懸念を示した。「陛下。いくら腕に覚えのある者同士とはいえ、真剣勝負となれば、下手をしたら死傷者が出る恐れがございますわ。未来の戦力を選抜する場で、有望な若者が命を落としては本末転倒では?」「うむ、そなたらの言い分はもっともだ。だが、案ずることはない。それについては、ここにいるアリア殿が、特別な『魔道具』を準備してくれているのだよ」 王の言葉を受け、アリアが一歩前に進み出た。彼女が何もない空中に手をかざすと、誰も見たことがない未知の魔法陣が展開され、そこに闘技場の様子を模した鮮明な立体映像が投影された。「ご心配には及びませんよ。私が開発した、この『身代わりの水晶』があれば、誰も死ぬことはありません」「身代わりの水晶……? ずいぶんと大きいな」 カリナが驚くのも無理はない。投影された映像では、闘技場の舞台の両端に、優に人ひとり分の大きさがある巨大な水晶が設置されていたからだ。「はい。大会には大観衆が押し寄せますから、遠くの客席からでも状態が視認できるよう、このサイズに設計しました」 アリアはカリナ達に向き直り、落ち着いた丁寧な口調で説明を始めた。「これは対象の魔力と生命力をリンクさせる特殊な魔道具なんです。勝負の前に、この水晶に自分の魔力を流して記憶させておけば、戦闘で受けたダメージは全てこの水晶が肩代わりしてくれますよ」 アリアはニッコリと微笑み、続ける。「例えば、腕を斬られたとしましょう。その瞬間、痛みと衝撃は走りますが、肉体には傷一つつきません。代わりに、舞台の端に設
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。 石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。 近づくにつれ、その威容が露わになる。 エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。 城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」 カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。「止まれ! 何用か!」 屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」 続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」 門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」 重々しい音と共に城門が開かれる。 一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。 煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」 ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語







